スタンパー(stamper)

スタンパーとは
マトリクス・ランナウトの刻印のうち、プレス工場がめっきの段階で付ける識別番号である。マザー番号(mother number)は、マスターから起こした金属原盤「マザー」の何番目かを示す。スタンパー番号(stamper number)は、そのマザーから作った「スタンパー」(塩ビを押す最終の型)の何番目かを示す。
マトリクス番号が「どの原盤(ラッカー)か」を示すのに対し、スタンパー/マザー番号はプレス工程のめっき連鎖のなかで、手元の盤が「どの型の何世代目から打たれたか」を示す。同じマトリクス文字列のなかでも、スタンパー識別子が違えば別の型から打たれた版である。版情報の登録では、ランナウトの刻印全体を面ごとに1 本の文字列としてそのまま記録する運用がある。工場、職番、クレジットなどの有意な差は、別個の版を示す手がかりになる。
めっきの連鎖のどこに刻まれるか
プレス工程では、切られたラッカーから金属の型を何段も写し取る。ラッカー → マスター(ファーザー)→ マザー → スタンパーという順で、凹凸が入れ替わりながら複製が重なる。スタンパー/マザー番号は、この連鎖の後半、工場が金属を扱う段階で付けられる。小ロットではマザーを省略し、マスターから直接スタンパーを起こす1 段めっき(1-step)もある。その場合、マザー/スタンパー番号の付け方は工場ごとに異なるか、刻まれないこともある。
工場は柔らかいラッカーではなく硬い金属を扱うため、ここに刻まれる文字はマトリクス番号より浅く、斜光でないと見えにくい。時計の文字盤に例えると、マトリクス番号が 6 時方向なら、マザーやスタンパーの情報は 9 時・12 時・3 時付近に置かれる慣習が、英国盤を中心に見られる。どの位置に何が来るかは工場、年代、レーベルで一定ではない。
マザー番号は数字で示されることが多い。スタンパー識別子は、レーベルや工場ごとに数字ではなく文字コードで表されることが多い。英国 Decca 盤では、スタンパーの通し番号に BUCKINGHAM という 10 文字の語が使われ、1=B、2=U、3=C…0=M と対応する。EMI 系の Hayes 工場では GRAMOPHLTD という別の語が同様の役割を担った。同じ文字列でも、工場が違えば意味は変わる。日本盤や米国盤では、別のコード体系が使われることも、スタンパー番号そのものが刻まれないこともある。
刻印の凹凸の向きも手がかりになる。スタンパー識別子は盤面からわずかに盛り上がって見える(エンボス)。マザー番号やマトリクス番号は凹みとして刻まれる。スタンパーは凸の型から塩ビを押すため、型側に刻んだ文字が盤では反転して浮き出る。マザーは凹の複製面に刻まれるため、盤では削り込まれたように見える。
番号が読めると分かること
スタンパー/マザー番号は、同じマトリクス番号を持つ盤のなかでも、どの型から打たれたかを区別する。需要の大きいタイトルでは、一枚のラッカーから複数のマザーが起こされ、各マザーから複数のスタンパーが派生する。マスター 1 枚からおおよそ 5 枚のマザー、マザー 1 枚からおおよそ 10 枚のスタンパー、スタンパー 1 枚からおおよそ 1000〜2000 枚の盤が起こされる(工場や年代により変動する目安)。工場はこの連鎖で量産を回す。
スタンパー 66 が必ずしもマザー 7 の 66 番目を意味するとは限らない。通し番号は工場全体で振られ、別マザー由来のスタンパーが混在する場合もある。マザー番号が大きい盤は、原盤から離れた世代の複製を経ていることを示す。
スタンパー/マザー番号は、もともと数十年後のコレクター向けではなく、工場内の在庫管理と品質管理のための内部コードである。工場が違えば同じ記号の意味も変わり、同じ工場でも数年後には運用が変わる。DECCA の BUCKINGHAM や EMI の GRAMOPHLTD のような暗号は、熱心な調査によって初めて読める。
番号の世代と音質
スタンパーは使うほど摩耗する。摩耗で最初に失われるのは高音である。プレス工程の記述どおり、従来のめっき技術ではプレスのサイクルを重ねるうちに高域がまず減っていく。同じ版でも使い込まれた型から打たれた盤は、内周のシンバルやボーカルの s 音の立ち上がりが新しい型よりわずかに曇ることがある。工場の通し番号の付け方は一律ではない。番号の大きさだけで摩耗度を読むのは危うい。
電気鋳造(めっき)の精度は高く、工程を清潔に急がず行えば優れた複製を生む。世代の深さだけでは、音の劣化は決まらない。音のばらつきを最も大きく生むのは、最終の塩ビ成形の段である。プレス工程の記述どおり、めっきの世代より、成形時の温度、圧、冷却の方が盤の品質を左右しやすい。
マザー #1、スタンパー #1 から打たれた盤を「原音に最も近い」とみなす見方は根強い。詳細はマトリクス・ランナウトの「若い番号ほど良い」節と同趣旨だが、スタンパー/マザー番号でも同じ罠がある。若い番号ほど良い、という見方は製造工程の理解と矛盾する。一方で、カット #1、マザー #1、スタンパー #123 のように一部の番号だけが若く、他は大きい刻印もある。番号の若さと品質は対応しない。
同じマトリクスの二枚を読む
同じマトリクス XTV 12345-1A を持つ Decca 盤を二枚並べる。A 面ランナウトにマザー 3、スタンパー UI(BUCKINGHAM で 25 番目)と、マザー 1、スタンパー B(1 番目)が刻まれていたとする。マトリクス番号は一致するが、型は別物である。二枚の刻印を並べ、ランナウト文字列の差を拾えば、どちらがどの型かは盤面だけでも区別できる。どちらが良く鳴るかは、番号からは判断できず、針を落として確かめることになる。
手元の盤での追い方
スタンパー/マザー番号は、マトリクス・ランナウトを読む次の段階である。マトリクス番号で「どの原盤か」が分かったら、斜光でマトリクス番号の左右(9 時、3 時付近)の浅い刻印を探し、マザー/スタンパー番号で「その原盤のどの型から打たれたか」を追ってよい。同じマトリクス文字列の盤を手元で並べ、スタンパー識別子の差を確かめ、ラベル面の差と並べて版を区別する。
番号の若さを当てに行くより、まずその刻印が手元の盤を他のプレスと区別する印だと捉えればよい。刻印の文字列が読めたら、手元の資料や版情報サイトで同じ文字列を探し、工場固有のコード表と照合してみてよい。解読できなくても、マトリクス番号とラベル面の差だけで版の特定は可能なことが多い。
試聴できるなら、内周のシンバルやボーカルの s 音の立ち上がりを、手元の別プレスと並べて確かめてよい。摩耗した型の可能性を頭の片隅に置き、針を落として聴く。番号の世代より、その版が実際に鳴らす音を判断の基準にしてよい。スタンパー番号が大きい盤を避ける必要はない。ランナウトの数字は、一枚の盤がプレス工程のどこを通って手元に届いたかを辿る手がかりである。