リマスター(remaster)

リマスターとは
マスタリングは、ミックス完成後に音量やトーンを整え、レコードや CD 用の最終音源を作る工程である。リマスターは、その工程をあらためて行い、イコライゼーション、ダイナミクス処理、ノイズリダクションなどに手を入れて、元の録音を新たに転写した音源を作ることである。
リマスターは新しいマスター盤を作り直すことを意味するだけで、音が良くなる保証ではない。動機は音質改善だけではない。オリジナルのスタンパーやマザーが紛失、破損、劣化し、新しいマスター盤が必要になることも多い。
再発(リイシュー)は後から刷られた盤を指す。リマスターを伴うこともあれば、伴わないこともある。リマスター版は再プレスの一種だが、すべての再プレスがリマスターではない。ビニール用の音源ができたあと、ラッカー盤へ溝を刻むカッティングと、プレス工程の複製が続く。リマスターはその連鎖のうち「音源」側の工程にあたる。
音源と複製、それぞれの寄与
一枚の盤の音は、どの音源から刻むか(リマスター)と、どう複製するか(スタンパー世代、プレス工場)の両方で決まる。後者だけでも大きな差が出る。リマスターが良くても、摩耗したスタンパーや粗いプレスで曇ることはある。
音源と転写
オリジナル・アナログ・テープは繊細で、再生や経年で劣化しうる。原盤を傷めないよう高解像度デジタルへ転写してから作業するのが、近年の一般的なやり方とされる。転写の時期が違えば、手元のテープの状態も違う。同じアルバムでも、リマスター世代ごとに「どの時点のテープを写したか」が音の性格を変える。
CD やストリーミング向けとビニール向けは、別工程、別マスターであることが多い。ジャケットに「リマスター」とあっても、盤に刻まれた音源が CD 用マスターの流用である場合、ラウドネス・ウォーで潰された音がそのまま溝に入ることもある。
圧縮・リミッターと低域処理
リマスターでダイナミクス圧縮やリミッターを足すと、音は大きく聴こえる。その一方でダイナミクスは失われ、歪みが乗ることもある。同タイトルでリマスター世代が重なる作品は、音圧と低域の差が聴き分けやすい。
昔の盤は収録時間を稼ぐため、40〜50 Hz 以下を切ることがあった。現代のリマスターで低域を戻すと、ベースの存在感は増す一方、ビニールのカッティングでは溝幅の制約が厳しくなる。テープのヒスやピッチの狂いを直すリマスターは、演奏の聴こえ方そのものを変える。
版による音の違いの要因
ジャケットの「リマスター」「最新リマスター」「オーディオファイル・リマスター」といった表記は制作側の意図を示すもので、聴感の良し悪しまで保証するわけではない。専門家のあいだでも、リマスターが原盤に勝つかどうかは作品と版ごとに見解が割れる。
同じ曲でも、リマスターの世代、カッティング技師、プレス工場、スタンパーの鮮度で音は分かれる。Déjà Vu のように、オリジナル盤、2000 年代の復刻、50 周年盤で、それぞれ別の技師がマスターを担当し、同じカッティング・マシン(レース)でも EQ の取り方で聴こえが大きく変わる例もある。
録音直後に近い時期のマスターから作られたプレスほど、原音に近い転写が得られやすいという見方がある。一方、古いオリジナル盤は摩耗、ノイズ、当時のカッティングの妥協(低域カット、長い面での音量低下)を背負う。リマスターがピッチ狂いやテープの欠陥を直し、原盤を上回ることもある。過剰な圧縮でダイナミクスが削られたリマスターは、状態の悪いオリジナルより疲れる音になることもある。
重量盤の表示も、マスタリングの質を保証しない。マトリクス番号に刻まれた技師のイニシャルは、版を読む手がかりになる。
表記と刻印のずれ
ジャケット裏に「Remastered 2023」とあるが、マトリクス・ランナウトの年号は 2018 になっている、という表示と刻印がずれる例がある。同タイトルのオリジナル盤と再発を並べると、リマスター版だけ低域が太く、ラウドネスで平面的に聴こえることがある。刻印はカッティング時点の記録であり、ジャケット表記は販促のための語なので、盤の素性は刻印側から読み取りやすい。
版の見分け方
リマスターかどうかより先に、版ごとの音の違いを確かめるとよい。リマスターは音質改善の保証ではなく、同じ曲を別の音源から刻んだ一つの版にあたる。
ジャケット裏面や内袋のクレジットで「Remastered」「Cut at …」の有無を読む。マトリクス・ランナウトに年号や技師イニシャルがあれば、同タイトルの別版と並べやすい。from digital master や CD master といった表記があれば、デジタル向けに潰された音源の可能性がある。中古ならコンディションも別軸で効く。
針を落として、低域の太さ、音圧、残響の輪郭を聴く。低域を戻した版は重く鳴り、ラウドネス化した版は平面的に鳴る。同じリマスター表記でも、版ごとに聴こえ方は分かれる。
刻印の文字列や年号が読めたら、手元の資料や版情報サイトで同タイトルの旧盤と並べてよい。詳細な工程名と担当者名が示されている版は、情報が伏せられた「リマスター」一語だけの版より、音の意図を読みやすいことが多い。国内再発では帯に「最新リマスター」と大きく出る一方、刻印やクレジットにカッティング施設名が載らないこともある。
最後は、どの聴き方に合うかで決めればよい。古い原盤の文脈を聴きたいのか、欠陥を直した別バージョンを聴きたいのか。判断の基準は年代そのものよりも、その版が提示する音の聴こえ方に置くとよい。