ファーストプレス(first pressing)

ファーストプレスとは
ファーストプレス(first pressing)は、アルバムが最初に市場へ出たときに刷られた、最初の量産バッチを指す。近い概念にオリジナル盤があるが、オリジナル盤が「発売とほぼ同時期の第一世代のマスター由来」という広い語なら、ファーストプレスは「そのリリースの最初の刷り」という、より製造順序に寄った言い方である。店頭で「オリジナル初回」と「ファーストプレス」が並ぶこともあるが、前者はマスター世代、後者は刷り順序を指すことが多く、表記どおりに重なるとは限らない。
ただし「初回」の線引きは、国、店、出品者のあいだで揺れる。コレクター間でも first pressing の使い方は一貫していない。国や地域が違えば別の版として扱われることが多い。ランナウトの刻印に製造元、工場、刻印番号の有意な差があれば、別個の版を示す手がかりになる。一方、同一エディション内のスタンパー差だけでは、別版に分けない運用もある。
同じ発売年でも、米国盤、英国盤、国内盤は、工場、マトリクス・ランナウト、ラベルがそれぞれ異なる。1970 年代の大ヒット作なら、初回の量産だけで数十万枚に達することもあり、一度のランで複数のプレス機を並行して回す。国が違えば工場もマスターも変わるため、複数の版が並行して「初回」として流通する。どれが「その国のファースト」かは、刻印、ラベル、ジャケットの組み合わせで版を特定する作業に帰着する。
中古店やオークションでは「first pressing」「1st press」と書かれた盤が並ぶが、その表記が何を指すかは統一されていない。ランナウトのスタンパー番号(工場によっては A1/B1 のように side ごとの型識別子として刻まれる)の若さ、発売年との一致、特定工場の刻印など、出品者が重視する手がかりは店ごとに違う。オンラインの版情報での分け方と、店頭の「ファースト」表記が一致しないことは、しばしばある。
音質を左右する要因
「ファーストプレス=いちばん良く鳴る」という等式は、製造の実態とは必ずしも噛み合わない。初回バッチの利点は、スタンパー(プレス用の型)が新しく、溝が鋭いうちに打たれた盤があることにある。ただし、新しい型が必ず最良の音を保証するわけではない。偏心やプレス工程のばらつきで、後半の刷りのほうが良く鳴ることもある。
需要の大きいタイトルでは、初回の量産だけで数十万枚に達することもある。一枚のスタンパーで打てる枚数はせいぜい数千枚で、初回ラン全体を回すには、音を刻んだ原盤(ラッカー)から金属複製(マザー)を経て、複数のスタンパーが必要になる。同じ初回ランのなかでも、型の世代や成形条件の差で音は分かれる。数か月後の二度目のプレスと、初回ラン後半で打たれた盤の差のほうが大きい、というケースもある。
型が新しいから上、という見方にも例外がある。若いカット番号だけを根拠に初版と断じるのは疑わしい。再発や再カットでラッカーを切り直せば番号は動くため、A1/B1 の刻印があっても、それが最初の流通版や再プレスの最初の型である可能性は残る。専門家のあいだでも、どの版が最良かは盤ごとに割れ、早いスタンパーが必ず聴き比べで勝つわけではない。
音の優劣は、初回か否かよりリマスターの質、元テープの所在、成形時のノイズや反りといった要因に左右される。スタンパーが新しい版では高域の立ち上がりがシャープに感じられる一方、摩耗した型から打たれた版はシンバルのきらめきやボーカルの s 音(歯擦音)がわずかに丸くなる、とも言われる。曲によってはその差が目立つ版もあれば、リマスター差のほうが大きい版もある。初回盤が当時のマスターをそのまま刻んだ希少な版であることは、その一枚が手元で最良の再生体験を返すことを意味しない。コンディション表記が VG(目視で傷や擦れが目立つ)の初回盤より、状態の良い再発のほうが聴きやすい場面もある。
店頭表記と刻印のずれ
店頭に「UK original first pressing」と書かれた盤を想定する。ランナウトに A1 / B1 と刻まれていたが、同タイトルの別コピーは A2 / B2 だった。工場によっては、この文字がスタンパー世代の手がかりになる。ただし -1 と -2 のような枝番は、工場ごとにカット世代、再カット、地域別マスターのいずれを指すかが異なり、番号の若さだけで「ファースト」と断定できない。店の「ファースト」は「オリジナル盤かつ若い版」を短くした表記で、刻印だけでは店の言葉と一致しないことがある。希少性のラベルとしては機能するが、針を落とす前に版を確定する作業は別途必要になる。
版の確かめ方
ファーストプレスという語を見かけたら、まず「誰にとっての初回か」を疑ってよい。ランナウトの刻印を写真に撮り(店頭なら拡大鏡で読む)、ラベル、品番、国表記と突き合わせ、国、工場、刻印から版を特定する。刻印の文字列が読めたら、手元の資料や版情報サイトで同じ文字列を探し、発売年と工場名を確認して店の「first pressing」表記と並べる。物理の手がかりを揃えたうえでの照合は、店の表記単体より頼りになる。
試聴できるなら、静かなリードインや曲間でノイズの出方を確かめ、コンディション表記と並べて、その版が実際に鳴らす音を先に聴いてよい。音楽のために選ぶなら、番号の若さより、その版が手元でどんな音を返すかを優先すればよい。希少性や発売年の近さは、コレクションとしての価値であり、針を落としたときの体験とは切り離して考えられる。ファーストプレスという語は、そのタイトルの流通史の入口を指すものであって、音の優劣を保証する語ではない。